2005年03月27日

小泉ありがとう。

日ハム連敗でショボーン。

●このブログが小泉総理の任期満了を見届けられないのは確実なので、彼について思っている事をさらっと述べておきたい。彼には本当に多くの事を思い、教わった。

彼に教わったのはまず、「偉くなるまで待つ」という事だろうか。物事を変革するには、まず偉くなる事が絶対に必要だ。どんなに有望な改革案だろうと正論だろうと、人を動かせなければ無意味だ(筆者がこれまで書いてきた記事もある意味そうだ)。偉い人の命令だからこそ、人は嫌々ながらでも言う事を聞くのだ。

こんな話がある。ある企業の新人が、勤め先の怠慢な体質を変えようとの情熱に燃えていた。彼は同僚達との酒の席で、ひんぱんに会社の批判を繰り返していた。しかし度重なる批判に号を煮やした上層部がそれをとがめ、彼は志なかばにして解雇されてしまったのだった。

これは変化を嫌う老人達が悪いのだろうか。それもあるだろう。しかし、主に悪いのは彼なのだ。誰も小学生の改革案なんぞには耳を貸さない。自分達の後から来た若造の意見もそれと同様である。本気で改革したいなら、「彼になら任せてもよい」と老人達に思ってもらえるよう、実績をまず身に付けるべきだったのだ。

自分の仕事の範囲内で小さな改革(工夫)をする。上のポストに就いたら、そこでも自分に許される範囲で改革を行なう。そのようにして、改革には何が必要か、それを行なう事でどのような痛みを他人に与え得るのか、その人たちをどのようにフォローしてあげられるか. . . 等々の多くの事柄を学んで行くのだ。最終的には、会社全体をも改革できるスキルと信頼を勝ち得ている事だろう。ところが彼は、まず小さな改革と自己研鑽に励むどころか、飲み会のたびに同僚に会社への不満をぶちまける、単なる困った人になってしまった。まだろくに会社に貢献していないはずの新人がこれである。解雇されても当然であろう。

同様に、ノリや勢いで党に反乱した加藤元防衛庁長官も、改革に成功するどころか結局党内での立場を失ってしまった。将来は彼を首相にとの声もあったらしいが、なぜそれまで待てなかったのだろう。逆にその時静観を決め込んだ小泉は、首相になるまで辛抱強く待って、正攻法で党を改革したのである。

小泉総理からはリーダーシップも学んだ。彼にも確かにリーダーシップはあるのだが、理解されづらく、理解できない人から批判をされる事すらある。たとえば元国鉄の偉い人は北海道のラジオ番組に出演し、中曽根元総理(彼のリーダーシップで国鉄は民営化に成功したらしい)と比較して、小泉総理にはリーダーシップがないと批判した。そして番組の中で、当時進行中だった道路改革について触れ、「道路はもっと悪くなる」と予言したものだ。

実際には、道路は無事に民営化の道筋がつけられ、しかも総額20兆円ともいわれる国民負担をもたらした国鉄民営化に比べて、1兆円程度の負担で済むようだから、まあ成功と言っていいのではないか。少なくとも「リーダーシップ」を発揮して下手な改革をされるよりは、猪瀬か誰かに丸投げして安く改革してくれる方が、国民としてはずっとありがたい。

そもそも改革を必要とする問題がこれだけ山積しているのだから、総理自らがいちいち面倒を見るわけにはいかない。そういう時期における特殊なあり方として、「お任せ型」「後ろで応援型」リーダーシップの存在を認めてもいいのではないかと、皮肉では無しに思う。

「あなたにお任せ」方式でそこそこ上手くいっているのなら、それで通せば良い。その点ちょっと不安なのは郵政だ。問題山積状態もそろそろ過去のものとなったところで、総理が中曽根式の分かりやすいリーダーシップを発揮したりして、最後の最後に転ばないようにと願う。そういや原が監督だった当時の巨人も、「投手の事はコーチにお任せ」だった時は優勝したのに次の年に(略)。
posted by 窓使い at 19:50| ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事ネタっぽい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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