2005年03月23日

しあわせな家族

堀江死んでね。

●「今まで車通勤片道20分で勤務時間が朝9時〜18時勤務が、電車通勤2時間で朝11時〜21時まで勤務の店舗に移動になりました。会社的にはそこにいけるのは出世ルートだと言われているところですが、実際家族は猛反対。給料の手当ても無し。現状の十万円半ばで週休1日。かなりいっぱいいっぱいです。自分的にはやる気はあるのですが、でもキツイし、妻は新勤務地に行くのであれば絶対離婚するといっていますし。自分でもこの会社を信じたいと思っていますし、まだまだ甘いですがこういう場面や現場をやり抜かなければ成長、昇格しない事も分かっているつもりです。けれど家族のことも・・・。絶対成功して妻子供に幸せにしたいと思っています。」

これは高橋がなり社長のブログに寄せられた、ある相談の内容である。「行くべきか、行かざるべきか」というこの質問に対するがなり氏の回答はそちらのブログを参照していただくとして、今回筆者が引っかかったのは、「成功して家族を幸せにしたい」との一文だ。

金は確かに必要だし、幸福な家族生活の一部ではあるかも知れない。でも全部ではないだろう。幸福な家族生活の他の部分については、このオサンはどうするつもりなのだろうか。家族とささやかながらも一緒の時間を過ごし、妻の悩みを聞いてやり、子供と遊んであげたり本を読んであげたりといった努力は、疲労や忙しさにかまけてしないつもりなのだろうか。まさか、それらの要素は経済的に成功するまで放置?いやもしかして、成功してからも放置する気か?

仕事に人生を捧げるつもりの人間は、家族など持たない方がよい。しかし、たとえそういう人間でも一旦家族を持ったなら、仕事がどんなに忙しくとも家族に対する責任は果たすべきだ。相手はペットではないのだから、えさをやるだけでは不十分だ。車や家を買ってやっても、まだ不十分だ。人間とは、物質から満足を得る事はあっても、幸福を得る事のできない生き物なのだ。それなのに、このオサンの頭の中では、夫の経済的な成功=家族の幸福らしいのだ。何たる単細胞であろうか。

筆者は予告するが、たとえ予定通りに出世街道を歩めたところで、このオサンは決して家族を幸福にはできない。そもそも、このままではオサン自身の幸福が危ない。このオサンに、三冠王を三回も四回も取るような気違いじみた能力でもあれば、バケモノ嫁やモジャモジャ頭のガキがどこまでも付いて来てくれるだろう。しかし凡庸で、しかも今現在家族の必要をスルーしている人間に、いったい誰が付いて行くというのだ。早晩見限られ、ようやく出世した頃には家族の気持ちが完全に離れているのがオチではないか。下手すりゃ一家離散である。

「そんなはずはない。家族のためにこうして必死に働いているのだから」だって?それは自己欺瞞というものだ。家族のために働いている男などいやしない。家族がいてもいなくても、我々は自分の生活のために働かなくてはならないのだ。少なくとも、筆者はそうだ。自分のためにやっている事をもってして、「こっちはお前らのためにがんばってるのに」と弁明したところで、家族の心にはむなしく響くだけだろう。

忙しい、でも家族に捨てられたくないというのであれば、残された手段はただ一つ。無理をしてでも、どうにか家族とかかわる事だ。藤子F先生の娘さんは、忙しいにもかかわらず娘のためにわざわざ時間を割いて本を読んでくれた父親の事を、今でも良く覚えている。日本で一番忙しかったかもしれない人物が、家族のために、家族のためだけの時間を作っていた。これは我々全員にとって、考えさせられる模範ではないだろうか。
posted by 窓使い at 18:55| 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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