2005年02月10日

ゴーマニズムはどこへ向かうのか

ケイコ先生は今どこへ。

●「戦争ハンタイ」だし「人殺しイクナイ」な筆者だけど、それと同時に筆者は「戦争やむなし」の人でもあるのね。

だって、絶対に譲れない一線というのはどの国にもあるし。話し合いで決着がつかなければ、最終的には「ほんじゃやりまっか」という事にどうしてもなってしまうでしょ。これはもう、世の中に国家や民族や主義主張が存在する以上はどうしようもない事なのね。戦争をこの世から無くせると信じている人たちは、まずはこれらのものから先に無くしてみるよろし。

こう言うと、「じゃあ貴様はなぜにテロには問答無用で反対なのか」みたいな反論が来るかと思う。「人殺しという意味では、テロも戦争も変わりが無いではないか」という古館伊知郎のような知将もいらっしゃるかもしれない。

筆者がなぜにテロを憎むかというと、まずそれがルールに反しているから。

戦争っつーのは一見ルール無用の世界であるようで、実は一応のルールが存在するわけよ。たとえば、「一般市民を狙ってはならない」とか、「捕虜を虐待してはならない」とか、「これこれの武器は使用してはならない」とかね。使っちゃいけない銃弾とかもあるみたいだよ。

でもテロリストってのは、そういう最低限のルールすら守らないでしょう。たとえばやつらのターゲットは、軍隊ではなくて、弱くて無防備な一般市民だよね。これじゃクラスの弱虫が、ガキ大将との直接対決を恐れてそいつの妹に石をぶつけるようなもんだ。それって単なる卑怯者じゃん。

テロという行為が単なる憂さ晴らしにしかならないという点も、筆者がそれに反対する理由の一つだ。

軍隊に軍隊で挑めば、一定の決着がつくかもしれない。双方が気の済むまでやり合ってへとへとになれば、もうやめようかという気になるかもしれない。平和条約や休戦協定が結ばれたりして。「戦争では物事の解決にならない」と訳知り顔でのたまう人がいるけど(某インリンとかね)、戦争は解決になり得るんだなあこれが。妥協という名の消極的な解決かもしれないけどね。

でも、テロではそんな低レベルの解決すら望めないでしょう。だって、テロってのは国家が金を出す正式な軍事行動ではなく、血気盛んな『ボランティア』の方たちによる個人レベルの自主的な行動だからね。政府の懐がいつまで経っても痛まないから、重い腰を上げさせるきっかけにはならないんだよ。

「貧しくて戦争のできない国もある」「テロしか手段のない国もある」って?どこだよそれは。そんな国があるわけないだろう。『貧しくて戦争に勝てない国』ならあるだろうな。『テロしか眼中にない個人』もいる。志願したって、軍隊に必ずしも徴用されるわけではないからね。『テロ以外にも手段はあるけれど、金を使わずに嫌がらせができるからとテロを黙認する、汚い国』も、どこかにありそうだ。

ところで漫画家の小林よしのり先生が、テロリスト寄りの発言を繰り返してらっしゃるようで、ちょと心配。先生は子どものころの相撲大会で、負けると分かっていながら体の大きな子どもと勝負したという誇り高き人物。そんな人物が、テロリストの立場を弁明するというのは、いかがなものか。だってテロってのは、大きな子どもと対決せずにその妹に陰から石をぶつけるような行為だからね。彼らに同情するのはいいけれど、ご自分の立場もあるのだからそろそろ発言を後退させたら?
posted by 窓使い at 23:05| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタっぽい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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